*このメッセージは、当時のパソコン通信(BBS)の掲示板に掲載されたものです。
 
■1999/02/19〜21 東京都 蒲田・横浜・日本橋・秋葉原紀行 校友会拡大幹事会・首都圏支部講演会・懇親会
■1999/06/04〜05 茨城県 つくば市 義妹見舞(一家四人)
■1999/06/12〜15 茨城県 土浦市 義妹告別式
■1999/09/24〜26 茨城県 土浦市 義妹骨納め
 
 
■1999/02/19〜21 東京都 蒲田・横浜・日本橋・秋葉原紀行 校友会拡大幹事会・首都圏支部講演会・懇親会
 
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 真冬の秋田から、少し涼しい東京へ
  蒲田・横浜・日本橋・秋葉原紀行 その1
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 *今回は学校関係の会議のため東京に向かった。ところが、ついでにと東京にいる息子を食事に連れていったり、娘も東京に連れていったりで、ツインで2泊という行程になりました。
 
 ▼1998/02/19(金)
 
11:10 豊岩・小山経由で、秋田空港に出発。この日は暖気で、道路には全く雪がない。
 
11:50 空港の有料駐車場は満車で、ちょっと遠いけど、無料の駐車場に止めないといけないようだ。まずは、ターミナルビルの前で荷物と娘をおろして、搭乗手続きをしてもらう。こういう時は、一人と違って便利だ。息子に一の穂の「豆ガキ」と切れてるビーフジャーキーを買う。ヨーグルトも買って喉を潤す。喫茶店に入らずに済ませてしまった。
 
12:25 手荷物検査で引っかかってしまった。自動車の鍵と、小銭が財布にいっぱい入っていたからである。ANNの飛行機で離陸。機内誌で今夜向かう「Bの横浜」を読んでいた。結局、向かったのはA級の横浜中華街だった。
 
13:30 アクアラインの木更津上空をかすめて、羽田空港に着陸。手荷物を待っていたら、会社の外注社員と遭遇。話をしている内に、手荷物がやってきた。羽田は待ち時間が少ない。バスに乗っている間に、着いてしまうのだろうか? 娘は初めて飛行機に乗ったが、そんなに怖さはなかったようで、ケロッとしている。一安心。ここで蕎麦を食べて遅い昼食。
 
14:20 蒲田行きの京浜急行のバス停へ。誰もいなくて不安だったが、遅れてきたバスは乗ったらすぐ出発した。真ん中の降り口の真ん前に、鞄は膝の上で、秋田空港から買ってきたおみやげは死角だが膝の前に置いて、二人座った。羽田東急ホテルを過ぎて、こないだ移転した鳥居を探していたら、弁天橋の袂の南側にひっそりと有った。なんと、羽田空港の入り口の角なのである。
 
14:50 バスは蒲田駅の東口に着いた。また降りる場所が違っていた。前には立派な建物がある、降車場だった。毎度のことなので、駅には向かわずに反対側に歩き出し、途中、地酒店でお土産用に秋田の「喜三郎」を買ってから、跨線橋を越えてホテルに向かった。
 
15:10 この時間はホテルのチェックインの始まる時間で、部屋に入って初めて、秋田から買ってきたお土産の紙袋がないことに気がついた。きっとフロントに忘れたものと、行ってみたが無かった。そこでハタと気がついた、さっき地酒店に行ったときは持っていなかった。バスの膝の前に忘れたようである。何処に行けばいいのか分からず、残念だが息子には諦めて貰った。
 
16:00 近くの寮から息子がやってきて、アイスクリームや缶コーヒーでしばし会談。ひげ剃りや本が欲しいとのことで、3人で近くの商店街に買い物に出かける。息子には、正月に来たときから欲しいと言っていたスニーカーを買ってやった。ホテルに帰るときには、雨が降り出していた。
 
17:30 予定通り、横浜の中華街に向かうことに、蒲田駅でJRカードを買って3人分の切符を買おうとしたら、息子がカードで入れるという。それぞれカ−ドを買って、自動改札で入場したのである。思わず感激で、大きな声を上げてしまった。周りの人は変な顔をしていた。
 
 ホームに入っても、雨のためか電車がなかなかやってこない。ようやく乗ったがすし詰め状態で、隣の川崎駅では、乗り換えで降ろされてしまった。この状態が東神奈川まで続き、秋田の混雑とは訳が違うと、娘も驚いていた。
 
18:30 石川駅で降りて歩き出したが、なぜか誰も続いてこない。去年はかなり遠回りしながら、中華街に向かったが、今回は途中で気がついて、みんな歩いていく方向に引き返した。このようにゴチャゴチャした駅で、何度行っても分かりにくい。雨の中、傘を差しながら中華街の中に進んでいった。
 
 前に入った店や土産店の前を過ぎて程なく、入りたい店が決まった。長い回廊が続いて奥の方に円形の部屋がある、廣東料理の「均昌閣本館」に入る。メニューからフカヒレスープの入った高額のセットメニューを3人分注文する。日本酒を注文したら、灘の生一本の冷酒が出てきたが、甘くて合わない。珍しく1本でやめた。
 
20:00 なかなかいい味の料理が全部で9品目出てきたが、これだけで一同お腹が一杯になって、途中、中華お菓子だけ買って、雨上がりの中帰ってきた。
 
21:00 ホテルに帰って、さっき飲み足りなかった日本酒として、秋田から持ってきた「酔楽天」を飲み始める。やっぱりこれがいいと...
 
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        秋田            東京
    最高 平年 最低 平年    最高 平年 最低 平年
 2/19 1.6 2.9 -1.1 -3.3 曇 10.6 9.9 8.5 2.0 雨
 2/20 -0.4 3.0 -2.0 -3.2 曇 10.2 9.9 1.2 2.1 晴
 2/21 0.3 3.1 -3.7 -3.1 雪 8.3 10.0 1.9 2.1 晴
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 前の日まで異常に気温が高く、21度もあったらしいが、この日から平年に戻った。コートはいらないくらいと思ったが、やっぱり持ってきて正解だった。
 
                    あれから早いもので1週間
                   超多忙で、書き込みが進まない
 
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 真冬の秋田から、少し涼しい東京へ
  蒲田・横浜・日本橋・秋葉原紀行 その2
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 *去年の秋田での校友会活動で、なぜか高島屋の商品券をくれた。これは秋田では使えないと、息子にやったが行き方が分からずまだ使ってなかった。これと今回の目的である学校での講演会・懇親会・会議と、ハードスケジュールである。
 
 ▼1998/02/20(土)
 
10:00 日本橋高島屋の開店時間に合わせ向かいたいところだが、近くにいる息子がなかなかやってこない。今朝、遅くまでレポートをまとめていたという。JR蒲田駅から京浜東北線に乗ったら、快速で新橋に泊まらないから、品川の次の田町で山手線に乗り換える。しかし、息子は品川でなぜ乗り換えないのか知らなかった。京浜東北線は田町の前で山手線を跨いで、向かいのホームとなるからである。
 
10:40 新橋で銀座線に乗り換え日本橋に、30年前はよく乗った線である。初めての息子には、一人で向かうのは無理なことか? 日本橋高島屋は、地下一階が地下鉄通路と繋がっている。久しぶりの高島屋だが、さすがに老舗だけあって、大理石張りのすばらしい建物だ。1階の紳士用品を歩いてみる。
 
 息子が腹が減ったと騒ぎ出して、ロッテリアに行こうとしたが何処にあるか分からない。よく見たら、外の別の建物だった。バーガーを食べてる間に、つきあいでコーヒーを娘と飲む。エレベーターガールが、手前と中で構えている昔風のエレベーターで5階に向かう。CD売場に向かったら、箏曲のCDがいっぱいあった。客層がそういう年代の人が多いからだろうか、宮城流が多く、山田流があれば買ってきていた。
 
 昼近くなって、ここで昼食を食べることに。地下2階に昔の木内を思わせる大食堂があって、まずは食券を買う。にぎり寿司を食べたが、周りは身なりの良い年輩者ばかりで、若い人はほとんど居ない。従業員も多くて、サービス満点なのだが、これでやっていけるのか心配になる。
 
12:15 せっかく来たから、地下1階のお菓子屋さんで何か買うことに。虎屋のおひなさん小型羊羹を買う。結局、息子は何も買わなかった。次会に、楽しみを持ち越した形だ。私も息子も、1時半までに蒲田に戻らないと行けない用事がある。来た通りに戻った。
 
13:15 蒲田駅について、一同まずはホテルへ。娘をここに置いて、私は学校へ、息子は寮に帰った。学校に着いたら、講演会が始まったばかりだった。周りを見たら、首都圏支部の行事だから、知った顔ばかり。階段教室に100人位はいた。
 
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 ・演題 「近代ゴミは宝の山」
    〜富士通の環境問題への取り組み〜
 ・講師 富士通(株) 環境技術推進センター長 古賀 剛志 氏
 
 *前身の古川鉱山の時代から、環境問題で苦い経験があり、環境保全への取り組みを、経営理念と掲げてきている。だから、法規制に対応した受け身でなく、先行的な取り組みで、社会へ貢献して、ビジネスを推進している。製品のリサイクルを推進して差別化を図る。工場廃棄物を減量して、それをセメント・アスファルトなどにリサイクルして有効利用している。効率的なエネルギー使用によって、省エネルギー化を推進して、これが結果的にコストダウンにつながっている。これからの時代は、環境に優しい製品を優先購入するグリーン購入が主流になってくる。そのためにも、企業の環境教育が重要になってくる。
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15:10 次の懇親会までまだ時間があるので、在学時代からある喫茶店に向かった。マスターが健在で、ここ数年、必ず顔を出している。
 
15:30 地下の学生食堂で、さっきの講演会の続きとして、懇親会が始まった。私は遠方から来たので招待された形となった。だから、挨拶もやらされた。秋田で言う春の格好でやってきたが、東京も寒い。コートを持ってきて正解だったと。名簿の中に懐かしい名前があった。川崎の寮で同室だった人がいたのである。33年ぶりの対面で、お互いに年は取ったが面影はあった。
 
17:20 次の会議まで30分ぐらいあるため、職員室を除いたら、昔お世話になった先生がいた。退職した先生もいて、一同会談。
 
18:00 常任幹事会の会議が始まった。
 
21:00 長い会議だったが、この辺で締めくくって、遅い夕食へ。
 
23:00 ようやく、長い一日が終わって、娘の待つホテルへ。
 
                  日本橋高島屋はすばらしい建物だった
                 息子は、今度は横浜高島屋に行くと言っ
                 ていた。場所が分かるのかな?
 
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 真冬の秋田から、少し涼しい東京へ
  蒲田・横浜・日本橋・秋葉原紀行 その3
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 ▼1998/02/21(日)
 
9:30 チェックアウトして、娘と秋葉原に向かうことに。息子も連れていきたかったが、忙しいとのことで、来なかった。
 
10:20 秋葉原到着。まずは、ロッカーに荷物を預けて物色に。石丸電気のCDデパートから始まった。ここの5階のジャズで6枚の外盤を買ってしまった。完全なる衝動買い。カウント・ベイシー、ハリー・ジェームス、クインシー・ジョーンズ、デューク・エリントン、サラ・ヴォーン、エラ・フィッツジェラルドである。
 
 *結局、買ったものは...
  ・ブラウン ひげ剃り BS6550
  ・サージバスター ATC−SB11(オーディオテクニカ)
  ・ホームページ作成ソフト
   *Visual Page Ver.2.0(シマテック)
 
12:10 少し疲れたと娘が言い出して、少し早いけど休憩も兼ねて、いつも入る手打ちの蕎麦屋で昼食。場所は、LAOXコンピュータ館となり。
 
12:40 買い物再開。娘のMD生ディスクを探していたら、MO640MBが千円で売っていた。
 
13:15 またも疲れて、神田方向のガ−ド下地下の喫茶ルノアールでコーヒータイム。
 
13:40 結構、大きな袋を下げて、山手線に乗って、浜松町に向かう。品川乗り換えで、京浜急行の羽田空港線も考えたが、まだ乗ったことがないので、モノレールにした。
 
14:40 モノレールの出口にある「ふくや」で明太子を買う。搭乗手続きで手荷物を預けて、お土産の買い物へ。シュウマイ、生八つ橋、イカ半干し、松前漬けなどを買う。
 
15:50 日航便だから、バスでなくボーディングブリッジ。その代わり、可成り歩かされる。B767は窓側2席で中3席だが、来たときのB777は窓側3席で中3席だから、小さく見える。
 
16:45 悪天候で、揺れながらも秋田空港に着いた。着いてびっくり、向かうとき置いた臨時駐車場は、吹雪で雪の中に埋まっていた。歩いた後もなかった。春の革靴で埋まりながら進しかなかった。そして雪寄せ。脱出にしばらく掛かった。
 
17:40 ようやくの思いで、自宅到着。
 
                  ちょっと油断したら、書き込みアウトに
                 10日も掛かってしまった。
 
■1999/06/04〜05 茨城県 つくば市 義妹見舞(一家四人)
 
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 550Km、7時間のロングドライブ
  茨城県つくば市紀行 その1
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 *妻の妹の病気見舞いのため、茨城県つくば市に向かった。妻の両親は、依然妹夫婦と暮らしていたが、ガンが発病してから同居できなくなって、わが家に転がり込んできた。末期ガンとなってきて、どうしても見舞いに行きたいが、年齢が70台の後半とあって、移動もままならない。
 
 ある日、妹のどうしても会いたいとの夢を見て、車で行く案を持ちかけたら、行きたいと言い出した。前の日に休みを交換して、急きょ4人の一泊二日で実現した。
 
 ・秋田南
   ↓     秋田自動車道 106.7km
 ・北上JCT
   ↓     東北自動車道 241.7km
 ・郡山JCT
   ↓     磐越自動車道  70.7km
 ・いわきJCT
   ↓     常磐自動車道 132.5km
 ・桜土浦
             合計 551.6km
 
 ▼1998/06/4(金)
 
 9:00 8時の出発予定が、食事と後片付け・ゴミ出しでどうしてもこんな時間に。でも、秋田南大橋が出来てからは、渋滞に関係なく出発できる。御野場・御所野を経由して、秋田南ICへ。秋田自動車道は、2車線化で測量が始まった。
 
10:00 1時間足らずで錦秋湖SAに着いた。初めての休憩。ここは本線から離れた山の上にあり、開通した後すぐ来た事がある。その時にはまだ売店が出来ていなかった。温泉もあるところだ。入る暇がないのが残念。
 
11:30 北上JCTから東北自動車道に入り、やっぱり2車線は走りやすい。120から130で追い越ししながら、先を急いだ。長者原SAのレストランで早めの昼食にした。一同、中華料理の「ホイコウロウ」を食べる。少々油が多かったが、おいしく食べられた。
 
13:30 福島盆地が見渡せる、国見SAで休憩。郡山JCTで、東北自動車道から離れ、新潟ーいわき間の磐越自動車道に入り、いわき方面に向かう。秋田自動車道と同じ対向2車線で、スピードはスローダウン。追い越し車線が少なく短い、山深い山岳道路である。いわきJCTから、常磐自動車道に入り、なんと東京方面に向かう。
 
15:00 ガソリンが無くなってきたので、休憩を兼ねて中郷SAに入る。45リッターも入った。その後の日立付近は、トンネルが多い。水戸付近から車の数も多くなり、追い越し車線が詰まって、ただの2車線状態。千代田からは3車線となって、左端はトラック車線、真ん中は120Km/h、右端は130Km/h越えと、何やらややこしい走り方をしないと行けない。みんな早い、私は真ん中を走る。
 
16:30 桜土浦ICで降りて、予め送られてきたファックスを頼りに、学園都市の中を進む。14年前の万博で来たときとはかなり変化している。3車線の広い通りには、街路樹が大きくなっていて、通り慣れない左折コーナー付き交差点がある。迷う事もなく、病院に着いた。7時間半掛かって、ようやく着いた感じ。
 
 本人は元気で、良き来てくれたと喜んでいた。2時間の長時間面会となってしまって、子供達も同席して待ってくれていた。
 
18:30 子供達と一緒に夕食を食べることに... 我々は、いったん「ホテルサンルートつくば」にチェックインしてから、西武6階のレストラン街で待ち合わせ。
 
19:30 ここら辺は自家用車が多くて、タクシーが殆ど走っていない。ホテルで呼んで貰ったら、7分ぐらいしてやってきた。珍しい地下自動車道にくぐって、西武に向かった。一同相談の結果、6人で西武6階の寿司屋に入った。冷酒を頼んだら、新潟の朝日山「特別本醸造」が出てきた。少し甘めだったが、二人で4本も飲んでしまった。
 
20:30 まだ大学を卒業したばかりの子供達も、家に帰ると言うことでここで解散。ホテルに帰っても、長距離ドライブの疲れで、バタンキューで寝てしまった。
 
                 15年前のつくば万博の時来た
                その時は、東北自動車道の矢板ICで降りて
             一般道を延々走ったから、もっと時間が掛かった。
 
■1999/06/12〜15 茨城県 土浦市 義妹告別式
 
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 義妹が亡くなった、行年49歳はまだ若い!!
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 先日、見舞いに行った妻の妹ですが、驚いたことに、帰ってきてから4日目で亡くなってしまいました。何というタイミングで、両親を見舞いに連れて行ったんだろうと、我ながら吃驚しています。
 
 そう言う訳で、「茨城県つくば市紀行 その2」は、書き込みをする気になりません。今日、会社でオッチャンBさんに会って話しましたが、6/12〜15の3泊4日で葬式に行って来ました。
 
 今回は飛行機と常磐線の短時間コースで、自宅のある土浦市に向かいました。上野で息子と合流して、娘を加えた4人でしたが、さすがに両親は向かいませんでした。初体験の東京流告別式でした。秋田と違って、先に告別式をやって、その後火葬です。旦那は長野県出身ですから、誰も手順が分かりません。
 
 亡くなった義妹は49歳。姪は23歳、舎弟は21歳とまだ若い。合掌!!
 
■1999/09/24〜26 茨城県 土浦市 義妹骨納め
 
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 二度目の550Kmドライブ
  茨城・土浦紀行 その1
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 ▼1998/09/24(金)
 
 *分けが有って、70代の両親を連れて、二度目の自動車による土浦紀行となった。
 
 9:20 目標を8:30出発としたが、やっぱりこんな時間。豊岩の秋田南大橋から、御野場、御所野経由で秋田南ICへ。二車線化工事がかなり本格的になって、追い越し車線もなくなって、走りにくい。横手からは車も少なくなり、走りやすくなった。
 
10:40 秋田自動車道をひたすら走り、錦秋湖SAで休憩。ここは道路から離れた高台にあり、上り下り共用。温泉や遊歩道もあるところで、ゆっくりしたいが...
 
11:40 東北自動車道に入って、やっぱり二車線道路は走りやすい。120Km/hを越える追い越しペースで進む。長者原SAで昼食。中華レストランで、焼きそばを食べる。
 
12:20 長者原SAを出発。さらに東北自動車道をひた走る。
 
13:40 仙台も過ぎて、福島の手前の国見SAで休憩。
 
14:30 郡山から関越自動車道に入り、いわき方面に向かう。ここの道路は秋田自動車道と同じで、対面通行。阿武隈高原SAで休憩。ここも二車線化工事が始まったばかりのようだ。
 
15:30 今度は太平洋岸の常磐自動車道に入って、中郷SAでガソリン補給。ここから日立までは、トンネルがしばらく続く。二車線で、車も少ない。
 
17:30 桜土浦ICで下りて、両親が元住んでいた自宅を探すが、両親の言う通り進んだら、30分ほど迷ってしまった。
 
18:30 土浦駅前の東武ホテルに着いた。ここへ泊まるのは、私は二度目であるが、妻は三度目。
 
19:00 6月に来たときに行ったことがある寿司屋に、両親を案内する。寿司も美味しかったけれども、シジミ会汁が美味しかった。
 
20:30 ホテルに帰る
 
              2度目とあって、高速は余裕があったが
             土浦市内で迷ったのには、参った。
 
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 二度目の550Kmドライブ
  茨城・土浦紀行 その2
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 ▼1998/09/25(土)
 
 *午前中は何の予定もない。台風一過で、茨城県地方は快晴。気温が最高32度の予想で、出かける気もしない。秋田とは10度も違う。
 
 7:20 起床
 
 8;00 ホテルのレストランで朝食。定番の和食を食べる。
 
 8:40 この書き込みをしたりして、休憩。
 
12:00 また、ホテルのレストランでランチ。何の運動もしていないので、お腹も空いていない。魚をホイルで蒸した軽めの洋食ランチを食べる。ナイフとフォークでご飯を食べるのは久しぶりだ。
 
13:00 昼御飯も終わって早々に、出かける準備。予約して置いたタクシーで牛久浄苑に向かう。調べた地図とは違って、近回りで市内を抜けて、くねくね曲がる県道をしばらく走った。自家用車で行く案もあったが、分かり難い道で、タクシーで来て良かった。
 
13:20 30メートルぐらいはありそうな、牛久大仏が見えてきた。墓地公園の牛久浄苑はその隣である。
 
14:00 30度の炎天下の中、長いお経が続く。服装は長袖の黒の礼服と最悪で、背中を汗が流れるのが分かるくらい。出来たばかりのお墓に納骨。
 
14:40 納骨が終わって、来た方向とは反対側の牛久大仏の方に向かう。途中お爺さんが暑さのせいで疲れたのか、歩けなくなった。ようやくの思いで、大仏のおみやげ街に着いた。大仏の見学を進められたが、疲れて一足先にタクシーを頼んで帰ることにした。
 
15:20 いくら待っても、なかなかタクシーが来ない。来るとき20分で来たのに、30分も待たされてしまった。ここでタクシーをたのべば、早く来るだろうが、ホテルまで帰る道が分からないと大変なので、乗ってきたタクシーを頼んだのだ。
 
16:00 道が分からないから、何か遠回りされた感じで、時間も料金もまるで違う。ホテルで汗を流してから、ビールをキューッといただく。疲れて、ちょっと昼寝。
 
18:00 前に息子と来て、ウナギの骨を喉に詰まらせた大形屋で夕食。冷酒と刺身盛り合わせ、野菜サラダ、鰻重を食べる。
 
20:00 近くのヨーカ堂で、部屋で飲むお酒とつまみの買い物をしてから、ホテルへ。
 
とにかく暑い一日だった
 
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 二度目の550Kmドライブ
  茨城・土浦紀行 その3
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 *今日は来た道を、ひたすら帰るだけ。
 
 ▼1998/09/26(日)
 
 3:00 土浦駅前を、爆音を轟かせバイク数人で走り出した。暴走族で起こされる。30分も続いた。
 
 7:00 起床
 
 8:00 ホテルのレストランで朝食。昨日と同じ和食は止めて、スクランブルエッグとパンの洋食にする。
 
 9:10 地下の駐車場から出発。迷いながらも、結果的には最短距離で高速に乗った。日曜日とあって、3車線にトラックはいない。だから真ん中の車線がなぜか一番遅い。
 
10:30 高速を1時間走ったところの中郷SAで休憩。
 
11:30 ちょっと早いが、磐越自動車道の阿武隈高原SAで昼食。和食の阿武隈定食を食べる。
 
12:20 薄皮饅頭で有名な柏谷の出店があった。お菓子を買ってから出発。
 
13:30 東北道に入り、国見SAで休憩。娘が好きな、仙台の笹蒲鉾を買う。
 
14:30 長者原SAで休憩。気晴らしに公園の方に散歩する。前回、ここで入れ損なって、北上西でガス欠になりそうになったので、ガソリンを給油する。運転が疲れてイヤになってきたので、妻と交代する。
 
16:00 秋田道に入って、錦秋湖SAで休憩。ここまで妻に運転してもらった。ここから自宅の娘に、寿司屋に出前を頼むように電話する。
 
17:45 秋田南ICから御所野、御野場と周り、秋田南大橋から新屋に着いた。
 
              やっぱり、550Kmは遠い
 
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