*このメッセージは、当時のパソコン通信(BBS)の掲示板に掲載されたものです。 ■1993/01/31 金浦町 南極探検記念館 家族 ■1993/02/19 湯沢市 犬っこ祭前夜祭? OX金曜ニュース一番星 ■1993/03/02 東成瀬村 ジュネス栗駒スキー場 デュアルスキー下見 ■1993/03/23 東成瀬村 ジュネス栗駒スキー場 デュアルスキー下見 ■1993/03/27〜28 東成瀬村 ジュネス栗駒スキー場 デュアルスキー ■1993/05/16 雄和町 高尾山 山菜取り ■1993/06/12〜13 東京都 大田区蒲田 校友会 全国支部長会議 ■1993/08/03〜05 北海道 函館市観光 義父母+家族旅行 ■1993/08/07〜08 湯沢市 絵灯篭祭 湯沢パソネットOFF会議 ■1993/09/24 能代市 第5小学校火災現場 ニュース ■1993/09/28 鹿角市 鹿角パークホテル/WCマラソン浅利純子凱旋パレード ニュース ■1993/11/12〜15 福島市 東日本女子駅伝 第五中継点(折り返し) ■1993/01/31 金浦町 南極探検記念館 家族 *********************************** 金浦町の白瀬南極記念館に行ってきた。 *********************************** 去年の春、県内一早い花見という事で、金浦の勢至公園に行ったとき、白瀬南極記念館に行こうと思ったが、時間がなくて止めた。 今回は、家族一同、何の目的もなく国道7号線を南下。下浜、道川、と行くうちに、途中でこれを思い出した。一路、金浦へ。金浦バイパスの立体交差を、下に降りて左折するとすぐ、あの尖り山の記念館が見えてくる。 「白瀬矗(しらせ のぶ)」の話は、テレビなどで見て大体知っていたが、ここに来て改めて、この人の偉大さを知った。特に南極点征服を争った人が、日本にいて、そして秋田にいたとは驚きだ!! −−−−− 白瀬矗(しらせ のぶ)の略歴 −−−−− 1861年(文久元年)6月13日、秋田県金浦町の浄土真宗大谷派、浄蓮寺の長男として生まれ、10歳の頃、寺小屋の師匠佐々木節斎より北極の話を聞き、「酒飲まない、タバコ吸わない、茶を飲まない、寒中でも火に当たらない」の5ヶ条の教えを守り北極探検を誓った。 19歳で陸軍に入り、日露戦争に出征し帰国後、1909年(明治43年)アメリカの探検家ピアリーが北極点到達成功を知り、未知の大陸南極に日章旗を立てる決意をした。 1910年(明治43年)イギリスのスコット大佐と南極点レースを争う事を決意し、南極探検後援会(会長大隈重信)による全国からの義援金に支えられ、11月28日隊員27名と共に、5万人が見送る東京芝浦港を出港した。 1912年(明治45年)1月16日、幾多の難関を突破した白瀬隊はホエール湾より2台の犬ぞりで極点をめざした。上陸後9日目、約283キロを走破したが、隊員の疲労とカラフト犬の足の凍傷がひどく、1月28日氷原突破を停止し南緯80度05分西経156度37分の地点に日章旗を立て、その一帯を「大和雪原(やまとゆきはら)」と命名した。 1912年(明治45年)6月20日、58,000キロの航海のあと一人の死傷者もなく全員が元気に芝浦港に帰港した。白瀬矗は51歳であった。 探検後、数年間は感謝の意を込め全国を後援して回ったが、隊員に約束した給与を払うため大変な苦労を重ね1946年(昭和21年)9月4日愛知県西加茂郡挙母町(現豊田市)で85歳の偉大な生涯を閉じた。 −−−−− 白瀬南極記念館のご案内 −−−−− ・開館時間:3/1〜10/31/AM9:00〜PM5:00(入館はPM4:30まで) 11/1〜翌2/末まで/AM9:30〜PM4:00(入館はPM3:30まで) ・休館日:毎週月曜日・年末・年始(12/28〜1/3) (月曜日が国民の祝日にあるときはその翌日) ・入館料: 一 般 / 600円 小・中学生 / 400円 団体(20名以上)/ 通常の100円引き ・時間:秋田市から車で 80分 (日曜日のためか約1時間で着いた) 本荘市から車で 30分 大曲市から車で 90分 能代市から車で180分 大館市から車で200分 酒田市から車で 60分 ・住所:〒018-03 秋田県由利郡金浦町黒川字岩潟15−3 ・TEL:0184−38−3765 −−−−− 終わり −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 館の中は、白瀬の年表にスペースを かなりさいており。 ほかに、開南丸の内部・南極点到達レース ビデオ。オーロラドームでは、アラスカ大学 提供のオーロラ実写映像やレザー光線。 ■1993/02/19 湯沢市 犬っこ祭前夜祭? OX金曜ニュース一番星 *********************************** 湯沢「犬っこまつり」前夜 東北生中継 紀行 *********************************** 湯沢の「犬っこまつり」を東北5県放送(青森除く)の「金曜ニュース一番星」に放送のため湯沢に向かった。久しぶりの湯沢で、この祭を見るのは始めてである。 9:00 出社・打ち合わせ・持ち出し機材の準備開始。 10:45 秋田の本社を出発。車は、SNG車(人口衛星送信)・報道中継車・取材車・照明機材車の4台。スタッフは9人。秋田自動車道を経て横手に出て、湯沢へ。途中雪が無くて、あっという間に着いた。 12:15 旧道の湯沢市街地を3台の車でデモンストレーション?のあと(単に道を間違えただけ)、駅前に駐車。駅前の「弥助そば」で昼食。寒いときなのに、みんな冷やそば。私も「大ざる」!!人の事はいえない 13:30 湯沢市役所裏の中央公園に到着。何とここは、七夕絵どうろうの時に来れば、よく駐車する所でないか!!午前中に作られた、酒造メーカーや企業・役所・学校生徒会・農協・NTT湯沢支店など、高さ3mほどのお堂が30個出来上がっていた。 14:30 SNG車の送信場所がやっと見つかる。西側の一番はじっこ。一番高い山の木の上を抜けていく方向。(かすかすでやばかった)この間に、報道の取材車は、市内を撮影。 15:00 カメラ・照明のスタンバイ開始。 16:00 NTT湯沢支店に行けそうもないので、パソネットのSYSOPさんに、その旨電話。こちらに来てくれるよう要請。ちょっとの間を見つけて、「力水」を試飲。ほの熱ったかい軟水のようだった。 17:00 SNG車の送信開始。ここでルートを説明しよう。 報道中継車→SNG車→スーパーバードB(人口衛星)→「ちのか」本社→NTTマイクロ →岩手めんこいテレビ→NTTマイクロ→仙台放送(番組制作)→ 山形テレビ→NTTマイクロ→ 福島テレビ→NTTマイクロ→ NTTマイクロ→「ちのか」本社→放送。 *仙台放送のNTTマイクロ入力に制約があるため、「ちのか」は岩手めんこい テレビで切り替えている。 *本番のちょっと前に、パソネットのSYSOPさんが現れて、陣中見舞い? 17:30 「金曜ニュース一番星」生放送開始。 オープニングバック、各局挨拶(20秒)、今週のニュース(1分) Qカット(5秒)、ネイチャリング東北「湯沢犬っこまつり」(3分) 週末・来週の情報(15秒) この頃から雪が激しくなって、一時先が見えないくらい。 18:00 「金曜ニュース一番星」終了。 18:20 「スーパータイム秋田」生放送開始。 18:30 「スーパータイム秋田」終了。即、撤収開始。 19:00 撤収終了。湯沢出発。途中は雪道だったが、その割に早く着いた。 21:00 秋田本社到着。 *夕食がまだのため、寿司のおみやげと、湯沢市役所からもらった「犬っこ」と「ミニチュアまなぐ凧」を持って家路に着いた。 −−−−− 「犬っこまつり」 紹介 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 「犬っこまつり」 主会場 中央公園広場 湯沢市観光協会 湯沢の犬っこまつりは、遠い元和の頃(360年前)から続いている雪国の詩情豊かな民俗行事です。 その昔、大盗賊を撃退した湯沢の殿様が、再びこのような悪人が現れないようにと、旧正月の晩に、米の粉で作った犬っこや鶴亀を、家の入り口、窓縁、裏口、門口などと、雪で作ったお堂っこに供え、盗難除けとしてお祈りさせたのが、犬っこの始まりと言われています。 当日は、主会場の中央公園に百個に及ぶ雪のお堂っこが出来、餅の犬っこが供えられ、夜になると千本ものローソクに一斉に灯がともり、ゆれる灯影が白い雪に映え、さながら幻想のと童話の世界です。 *「犬っこ」に付いてきた、「犬っこまつり」の説明書より −−−−− 終わり −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− パソネットのSYSOPさん、 陣中見舞いありがとう。 ■1993/03/02 東成瀬村 ジュネス栗駒スキー場 デュアルスキー下見 *********************************** 3/28(日)、東成瀬村の「ジュネス栗駒」 で行われる、スキー大会の下見に行った。 *********************************** 9:30 秋田本社出発。秋田自動車道・十文字経由、増田町から東成瀬村に入ると、さすがに雪が多くなり、雪道となる。 11:30 2時間かかって、ジュネス栗駒スキー場に到着。センターハウスで、会場関係者と打ち合わせ。 13:00 机上の打ち合わせは終了して、まずは牛どんと豚汁で昼食。 13:30 現場を下見開始。スタートは第2リフトの8合目。途中、鬼門・1mのジャンプ台有りのコース。ゴールは3合目の、約550mの区間を、二人の選手が争う。スキーに自信のある人は、リフトに乗って降りて来て下見。スキーに自信の無い人は、リフトから歩いて降りてくる。私はリフトに乗らず、歩いて3合目のゴール予定地まで...スキー場を歩いて登るのは情けない!! 15:30 下見終了。増田の真人公園・醍醐リンゴ園経由で一路秋田へ。 17:00 1時間半で、秋田本社到着。 コースは、550m打下ろしのロングホール 途中300m地点には、バンカー(ジャンプ台) があり、グリーン(ゴール)は前方に傾斜して いる。ノンストップで転がると、ホールイン ワンの可能性有り?? PS. パラグラーダーもやるとの話もあり、QQJさんやるの? ■1993/03/23 東成瀬村 ジュネス栗駒スキー場 デュアルスキー下見 *********************************** スキー履かずに、リフトに乗る?? *********************************** 仕事の打ち合わせのため、東成瀬村のジュネス栗駒スキー場に向かった。先月に初めてここに来たが、今回で2度目である。秋田市から、秋田自動車道を通り、横手で降りて、十文字から増田(R342)に曲がって、東成瀬村と入り岩手県の水沢に向かう道路をひた走る。(R397)途中、右に曲がれば須川温泉に向かうが、そのまま真っ直ぐ行って、冬期間通行止めになっているチェーンの前を右に曲がると、スキー場につく。 約110kmの行程。途中、崖に雪が迫り出していて、雪崩の危険箇所が数カ所ある。おお、怖いの何の、おそるおそる通る。約2時間で着いた。 9時半に発って、11時半に着いたから、早速、昼飯を食べてから山に入る。あらかじめ、スキー場に連絡して、スキーを履かずに、クワッドリフトで頂上まで上がる。何という事をしているのだ!! 頂上は、今日は快晴で、眺めがよいが風が強い。そこからコースの左側を、50mのメジャーを延ばしながら、歩いて降りていく。何故こんな事をするかと言うと、カメラケーブル長を実測するためである。 3/28、デュアルスキーを、5台のカメラを使って、中継録画するためである。 まだ、積雪は1mから1m50はある。 歩いて滑り降りてくるのも疲れる。 快晴で、2時間ぐらい居たので、少し 日に焼けてしまった。 ■1993/03/27〜28 東成瀬村 ジュネス栗駒スキー場 デュアルスキー *********************************** PEPSI−COLA DUAL SLALOM TRIAL’93 ジュネス栗駒スキー場 仕事紀行 その1 *********************************** ▼1993/03/27(土) 7:00 15人の技術スタッフが、中継車を含む3台の車に分乗して、秋田市を出発。朝早いため、各車にお握りを持ち込んで朝食。秋田自動車道を経由。大型の車が2台もあって、細い道でダンプとスレ違うのに大変。 9:00 東成瀬村のジュネス栗駒スキー場に到着。荷揚げ作業開始。2台の圧雪車でスキー場の斜面を700m登ったりしての荷揚げのため作業がはかどらず。最後には我慢できずに、人海戦術で荷揚げ? 12:00 待ち時間の長いのと、人動荷揚げで腹減って昼食。50人以上のスタッフがセンターハウスで昼食を取ったため、ご飯物が売り切れて、麺類のみ。朝食で残ったお握りを食べて、何とかなる。 13:00 スタンバイ開始。放送席は、中継車の居る駐車場から、200m登ったゴール地点。テントを張って、ベニヤで内張りして、風よけの細工。スタートからゴールまでの580mに6本のガンマイクを広げる。 15:00 布線が終わり、1本ずつカメラに突っ込んだマイクのテスト。 16:00 スキーによるテスト走行。カメラを覗いて、絵の繋ぎを見る。6本のマイクのつながりも、聞いてみる。 18:00 この日の作業終了。技術スタッフのみ、東成瀬村役場近くの後藤旅館に向かう。他のスタッフは、大きい宿がないため、増田や湯沢に分宿。 18:20 旅館到着。打ち合わせ。 19:00 宴会開始。ビールで乾杯。持ち込みの酒を燗して、旅館差し入れのど*ろ*と冷酒「東成瀬」を回し飲み。ジュース瓶に入った少し黄色っぽい乳白色の物はちびりちびりと大事そうに飲んだ。冷酒は、非売品で、十文字の新日の丸酒造に造らせた物のようだ。おかずは、ばっけづくしだ。てんぷらに、あえ物に、朝鮮漬け風、お浸し。特有のきつさがなくて美味しかった。後は、馬刺し、マグロ、ヤマメの焼き魚。酒も美味しかったが、ばっけもまたおいしかった。 22:00 旅館の片付けの関係で宴会終了。後は各部屋で小宴会。明日は4時半起床と早いため、みんな早く寝てしまう。 今日は快晴の天気で、太陽が目に眩しい。 明日、ものすごい天気になるとは、想像でき なかった。 *********************************** PEPSI−COLA DUAL SLALOM TRIAL’93 ジュネス栗駒スキー場 仕事紀行 その2 *********************************** ▼1993/03/28(日) 4:30 起床。なかなか起きられない。 5:00 お握りを造ってもらって、現場で食事かと思ったら、驚いた事に、旅館の食堂で朝食。 5:30 旅館出発。ようやく夜が空けてきた。 5:50 ジュネス栗駒スキー場に到着。朝早すぎて、しばし呆然としている。 6:00 覚悟を決めて、200m離れた山の?放送席に向かう。スタートからゴールまで6本のガンマイクを広げる。1本ずつカメラに突っ込んだマイクのテスト。 8:00 ようやくスタンバイが終わったと思ったら、頭の部分の収録開始。アナウンサーと解説者が上から実際にコースを滑り、ゴール後息を弾ませながら二人で喋った。 8:20 山の下のセンターハウスのサイドで、開会式が始まった。別班が取材。 8:40 出場選手のコース下見、いわゆる「インスペクション」が始まった。 9:40 6つの部に別れて、予選開始。 1.スノーボードクラス 男子 タイム順予選通過 8人 2. 〃 女子 〃 4人 3.チャンピオンクラス 男子 〃 8人 4. 〃 女子 〃 4人 5.チャレンジクラス 男子 〃 18人 6. 〃 女子 〃 8人 *山の方向から吹き下ろしの、風速20mを越える強風の中での仕事で、テントの廻りをベニヤで囲んでも、足が寒くて凍傷寸前?。 12:00 予選終了。センターハウスで食券持って15分列んで昼食。 13:10 決勝トーナメント開始。 コース長 580m 標高差 154m 旗門数 20旗門程度 最大斜度 22.5度 平均斜度 15.0度 *2時頃、激しい突風が吹いてテントを直撃。テントが持って行かれそうで、一同、心配そうにテントを見上げる。吹きさらしの5人のカメラマンはもっと大変だ!! 各クラスの優勝者は、カナダスキーツアーにご招待。いいなーー 16:00 競技終了。撤収開始。雨が振ってきて最悪。やっぱり圧雪車が足りなくて、人海戦術で、一部機材を下ろす。 18:00 くたくたになりながら、やっとの事で撤収終了。スキー場出発。 19:00 15人が突然なだれ込んで、十文字のレストランで夕食。 21:00 秋田市の本社到着。濡れた機材を乾かすため広げる。 22:30 帰宅。長い2日が終わる。 *この模様は、4/3(土)午後4時30分から5時25分まで、55分間に渡って、「ちのか」で放送された。 皆さんがこれを読む頃は、すでに放送が終わ っている事でしょう?? この仕事の後も、多忙を極め?書き込む暇が 有りませんでした。 放送席の映像部分で、私の左肩が出演??。 ■1993/05/16 雄和町 高尾山 山菜取り *********************************** 今年の山菜は不作か? 成長が遅いし、数が少ない!! *********************************** 5/16(日)、朝5時に起きて、今年初めての山菜取りに行った。いつもの年だと、4月の下旬(ゴールデンウイーク前)に、コゴミ取りに行っている。それがついこの間の連休後が最盛期だったようだ。 わらびは、去年までは連休に日当たりのよいところで、取れていた。それが、今年は連休どころか、連休後の今ようやく出てきた。ましてや、日当たりの悪い奥のわらびはまだ生えていない。 いつもの年だと、平日に行ってるんだけど、今年は悪い事に日曜日が休み? いるはいるはわらびよりも人の方が多いのでは? そんなことないか? あまり無いんで、有りそうな場所を何カ所も山を移動。やっぱり育ちが悪い。小さいのばかりで、数が少なくてどうしようもない。別に取られた後もそんなに無い。 結局、4カ所も山を歩き回り、ようやく5かたきぐらい取った。 今年はもう山菜取りは止めよう。 ほんとかな? 6月下旬にも行ったりするが? 皆さんはどうですか? ■1993/06/12〜13 東京都 大田区蒲田 校友会 全国支部長会議 *********************************** 東京・蒲田紀行、その1 *********************************** ▼1993/06/12(土) 11:20 秋田市新屋の自宅を自家用車で出発。 11:50 豊岩経由で空港道路から秋田空港へ。有料駐車場が満車で、はるか手前の無料駐車場へ。 12:00 200m程歩いて、搭乗手続き。まだ時間があるので売店を覗く。比内鳥の薫製とピーナッツを買う。搭乗検査をして、コーヒーを飲みながら搭乗を待つ。 12:30 搭乗・離陸。イヤーホーンでジャズを聞きながら、ウーロン茶を飲みながら、新聞を見る。 13:35 羽田空港着陸。羽田の町を通る蒲田行きのバスに乗って蒲田へ。 14:30 蒲田駅到着。今朝は遅い朝食だったから、西口ビルの7階で、ざるそばを食べて、昼食。 15:00 学校到着。まだ時間があるので、校庭で休憩。 16:00 会議開始。 17:40 会議終了。懇親会場が一緒のホテルに向かう。 18:00 中華レストランで懇親会開始。 20:30 懇親会終了。ホテルの1室で2次会。 25:00 2次会終了。自分の部屋に戻って就寝。 *********************************** 東京・蒲田紀行、その2 *********************************** ▼1993/06/13(日) 8:00 起床。洗髪してシャワーを浴びる。 8:30 朝食レストランが無いため、フロントに弁当を取りに行って朝食。 9:45 チェックアウト、蒲田駅から京浜東北線で都心へ。24年前の毎日の通勤を思い出しながら... 10:15 東京駅で下車。八重洲口の大丸地下の全国名産店で、明太子と京都の生八ツ橋を買う。 10:30 秋葉原到着。ロッカーにカバンとおみやげを預ける。大通りの向こうのパソコン店を3店ほど見る。 12:30 そば屋で、昼食。何と大ざるが1,200円!! 秋田の2倍以上。 13:00 立ち疲れたのと、時間がまだたんまり有るので、LA OXの6階で、椅子に座って、MS−WINDOWセミナーを聞く。メーカーのデモもやっていたので、ダベリング。 15:00 再度、ノートパソコン・200メガHDD・MOデスクを中心に見るが、みんな通販より高くて、買う物がなく、3Dゴルフの「デヴィルスコース」を買う。 16:00 秋葉原を出発して、浜松町経由で、羽田に向かう。 17:00 羽田到着。早速、手荷物を預けて、搭乗手続き。2階でおみやげとして、虎屋の羊羹とシュークリームを買う。羽田にも、全国名産を売っていると言うが、何処に有るんだろう? 搭乗検査をして、ビールを飲んで待つが、まだ時間が有りすぎて、うたた寝しながら待つ。 18:25 15分遅れて、羽田を離陸。 19:35 土砂降りの中の秋田空港着。手荷物を受け取るのに多少時間が掛かったが雨の中、荷物を持って、傘をさして、200m先の無料駐車場へ。 19:50 前の日止めた車で、空港道路・豊岩経由で新屋へ。 20:20 自宅到着。 ■1993/08/03〜05 北海道 函館市観光 義父母+家族旅行 *********************************** 毎食満腹。完全なる食べ歩き!! 北海道函館への夏休み家族旅行 その1 *********************************** ▼1993/08/03(火) 快晴 9014M 1001M 大曲 →→→→→ 秋田 →→→→→→→ 青森 →→→→→→→→→ 函館 6:33 7:20 7:25 あけぼの 10:22 10:49 はつかり1号 12:45 新屋 →→→→→ 秋田 6:34 6:44 函館市場 →→ 宿 →→ 函館山夜景 5:00 起床。家族一同がこんなに早く起きるのは久しぶり。 6:10 歩いて新屋駅に出発。予約しておいた帰りの寝台券を受けとる。 6:34 羽越線の新屋駅から秋田駅に向かう。 6:44 秋田駅着。弁当を買って、あけぼのの到着を待つ。 7:20 あけぼのの到着。大曲から、おじいちゃんおばあちゃんが乗ってきた。 7:25 秋田駅出発。3代の家族6人の旅行の出発である。湯沢駅から、寝台車が立ち席自由席になっていて、下段の両脇に6人が座り、秋田駅で買ったマイタケ弁当と秋田こまち弁当を食べる。みんな朝早かったので、少し寝ながら青森に向かう。 10:22 青森駅到着。ホームに降りたら、目の前に大きな橋が架かっていた。5年ぶりぐらいの青森駅だったが、確かその時は工事中で、まだ出来ていなかった。あまりの大きさに圧倒されてしまった。 10:49 はつかりで青森駅を出発。指定席なので、向かい合って座る。海峡線は、私は大沼に行ったことがあるが、他は初めてである。青函トンネルは、その前に大小のトンネルがいっぱいあるため、それがどれかは、かなり経ってから分かる。家族にその説明に困った。北海道側に入っての海岸線は、遥か向こうに函館山が見えてきれいだった。 12:45 函館駅到着。駅のコインロッカーに荷物を預けて、函館市場の食堂で昼食。めいめいいろんなものを注文する。私は、イカ・うに・イクラの三色丼。後は、二色丼やイカ素麺を頼んだ。イカ素麺は、バリバリで美味しかった。食事の後、市場内を物色。蟹や通しなどを買う。 14:10 コインロッカーから荷物を受け取り、10分ほど歩いて新川町の民宿旅館「喜多美」向かう。 14:20 民宿旅館「喜多美」に着いた。こじんまりとした一部屋2〜3人の部屋が10室ぐらいある。女将さんに部屋に通されて説明が始まった。消灯・門限などの、宿の決まりを説明した。旅館ではこう言うのはない。さっき、市場から買ってきた蟹を、みんなで食べた。最高だった。後は、今朝早く起きて、みんな疲れたんで、ちょっと昼寝。 16:00 男ども3人で、市内を散策して、帰りに白角ウイスキーを買ってきた。 17:00 旅の疲れをいやす風呂に入った。男女に分かれていて、いっぺんに2〜3人が入れる。 18:00 食堂で夕食。それがなんと、和洋混食で懐石風。味も上品でなかなか。ご主人からの説明付きで、一品ずつ出てくる。まるでフランス料理風。食事の終わる頃、主人から函館山の夜景の見物を勧められた。明日行く予定をしていたが、今日がよい天気で、明日はどうなるか分からないからだと言う。あわてて、出かける支度をする。 19:30 年寄りも居る事だし、タクシー2台に分乗して、函館山に向かった。ここ1週間は,天気が悪くて夜景は何も見えなかったと言う。全く我々はついている。霧がかかって見えなくて、残念がって帰ったお客さんが、いっぱい居るという。 20:00 夜は、一般車が登山禁止で、バスやタクシーが多い。ケーブルカーもあるが、これも大変な人手。ようやく頂上に着いたが、真っ暗な中に大変な人手で、びっくり。結局、人をかき分けて、ちょっとの間夜景を覗いて、目に焼き付けてきた感じ。息子は、この人の中、夜景を撮りにビデオを回すが、はぐれそうになりながら、必死の思いで帰ってきた。帰りは元町や倉庫街の夜景も見て、帰ってきた。 21:00 宿に着いて、白角を飲みながら、目に焼き付けてきた夜景を、しっかりと眺めた。 22:00 眺め、酔いも廻ったところで、寝ることにした。 長い一日だった。明日も又楽しみだ!! *********************************** 毎食満腹。完全なる食べ歩き!! 北海道函館への夏休み家族旅行 その2 *********************************** ▼1993/08/04(水) 晴 立待岬 →→ 函館山 →→ ハリスト正教会・旧函館区公会堂 →→ 金森倉庫・明治館 →→ 五稜郭 →→ トラピスチヌ修道院 →→ 寿司屋 →→ 宿 →→ 金森倉庫・ビヤホール(夕食) 7:00 起床。昨日の疲れが溜まっていて、なかなか起きられなかった。 8:00 朝食。昨日の夕食と違って、朝食らしい簡単な懐石風。なかなか美味しかった。 9:00 タクシーで、観光に出かける。ちょっと贅沢な観光だが、年寄りが一緒のため、思い切って、実行した。まずは、立待岬に向かった。途中、石川啄木の墓があったが、回りには墓が多くて、ちょっと目立たない。前に来た、修学旅行の時は、こんなに無かったような気が...30年も前の話だが... 9:50 次は函館山に向かう。昨日の夜景とはうって変わって、誰も居ない。息子は、じっくりとビデオを回していた。おみやげ屋に行って、いろいろ買う。あまり暑いんで、最後に特製アイスクリームを買う。 10:30 函館山下の元町に降りて、ハリスト正教会、聖ヨハネ協会(工事中)、旧函館区公会堂とまわる。ここは、昔秋田にあった、公会堂を思わせる。でも、ホールが大きかったような? あれも壊さなければ、名所になっていたかも? 11:00 車上から港を眺め、金森倉庫を見て、明治館のガラス店で買い物。いろんな形のガラスが、あるはあるは...奥には工場もあった。2階からの風景は、昔見たことがあるような?? 確か2階に、ビヤホールがあったはずだが。。。今はない。大沼に仕事に来たときの話だから、6年ぐらいなるかな... 11:50 今度は、五稜郭に向かう。タワーに上るが、どってことない風景で、直ぐ降りてくる。昭和36年に出来たと言うが、そんなになるのか...35年に来たが、こんなの無かったはず... 12:20 トラピスチヌ修道院に向かう。帰りは、湯ノ川温泉を通り、中心部へ。 13:00 一同、寿司が食べたいとのことで、宿の近くの寿司屋に付けてもらう。 14:30 宿に帰って、暫しの休息。昼寝... 17:30 宿の風呂に入って、暑かった昼間の汗を流す。あちこちに行くたびに、なんだかんだとおみやげを買って、荷物が増えてきたので、宿からペリカン便の段ボールを買って、荷物の準備をする。 19:00 今日の夕食は、宿だと昨日と同じものとなるため、金森倉庫のビヤホールに向かう。サッポロビール直営の生ビールを飲む。おかずは、枝豆や・ソーセージ・スパゲティー・海草サラダ・ポテト・コロッケなどを、家族一同摘む。黒ビールでも飲んでみる。なかなかいい味のビールだ。 20:30 明治館隣の海鮮市場に行って、おみやげの下見。生物は明日買うことにして、今日は保存の効く物。 21:00 宿に帰ってきて、軽くウイスキーを飲んで寝てしまう。 函館も明日で終わりだ!! *********************************** 毎食満腹。完全なる食べ歩き!! 北海道函館への夏休み家族旅行 その3 *********************************** ▼1993/08/05(木) 晴 函館駅 →→ 海鮮市場 →→ 金森倉庫・喫茶店 →→ 函館市場・朝市 4002 1022M 秋田 ←←←←←←←←← 青森 ←←←←←←←←←← 函館 19:32 日本海2号 16:44 15:32 はつかり22号 13:33 《宿泊先》 ===== 〒040 函館市新川町3−11 民宿「喜多美」 *今は、湯の川温泉の方に引っ越している。 2食付き 6,500円 朝食のみ 5,500円 予約金 2,000円 函館市民宿組合 0138−26−1126 6:30 早めに起きて、荷物の整理。発送は段ボールで2個となったため、鞄はほとんど空っぽ。 8:00 朝食。宿の話で、ほとんどのお客さんは、朝市に食べに行くらしいが、結構行列で、なかなか大変らしい。人数も多いし、宿にした。 9:00 チェックアウトして、宿の主人・奥さんに挨拶。話によると、この人たちは4年前脱サラで、前の旅館を譲ってもらって始めたという。なかなか民宿らしい、感じの良い宿だ。お客さんもギャルが多い。歩いて駅に向かって、コインロッカーに荷物を預ける。駅のおみやげ店で、物色。うちの娘が結構買っている。私は、会社のおみやげにトラピストバター飴を買う。 10:00 昨日行った、明治館隣りの海鮮市場に、歩いて向かう。途中、人で混雑している朝市の横を通り、天気も良くなってきて、結構ある距離なので、歩いていても汗ばんでくる。昆布・チョコ・チーズ・かぼちゃお菓子・サーモンの薫製・たこの頭の薫製などを買う。 11:00 昨日行った、金森倉庫のビヤホールとなりの喫茶店に入って、しばし休憩。みんな、思い思いにソフトクリームや、ジュース・コーヒーを飲む。長いようで短かった2泊3日の函館を思い出しながら... 11:30 そろそろ時間なので、朝市に戻ってラーメンを食べることにする。特大ホタテ入り蟹ラーメン。1、200円。 12:30 汽車の出発まで、まだまだ時間があるので、待合い室で時間を待つ。 13:00 改札のコールで、ホームに向かう。すでに入線していて、ここ始発のようだ。座席指定なので、向かい合って座れる。 13:33 函館駅を出発。みんな疲れて、寝ている人も多かった。私も、ビールを一杯飲んで、寝てしまった。 15:32 青森駅到着。乗り換えに1時間以上有るので、駅に出ることにする。丁度、ねぶたの期間中で、駅は大変な人出で、コインロッカーが満杯。一時預かり所もあったが、1個400円では個数が有りすぎて、割に合わない。結局、待合い室でお爺さんお婆さんに荷物を見張っててもらって、その間に、子供と3人で八甲田丸の方に向かう。 あの、連絡船が無くなるときに、よくここに仕事に来た。「行く年来る年」中継で、徹夜したこともある。あの汽笛はもう無い。子供にこんな説明をしながら、桟橋方向に向かう。八甲田丸の船尾には線路がある。その先は、もう道路や駐車場になっていて、無い。その前に、連絡船桟橋の記念碑があったが、誰も気がつかないで通りすぎていく。これも時代かなーーーここから、アスパムという物産館を結ぶ橋が出来ていた。その上から、八甲田丸を眺めながら、娘と二人で、ビデオカメラのポーズを撮ったりした。駅に戻ると、ねぶたの山車も見えて、6時半開始だと言う。 16:44 来るときと同じく。寝台車に座っていく。6個の寝台指定だから、寝ても行けるが、そうも行かないので、二手に分かれてゆっくり座って行く。約3時間で、なかなか時間がかかるもんだ。 19:32 秋田駅に到着。ここも竿橙の期間中だが、さすがにこの時間は閑散としている。アルスの地下で、簡単に夕食にして、竿橙の終わりを気にしながら、早めにタクシーで新屋に帰る。 20:30 自宅到着。みんな疲れたのか、風呂にも入らずに、寝てしまう。私一人、風呂に入って、やっぱり一杯やってから寝る。 長い2泊3日であったような、 短い2泊3日でもあったような、 とにかく、みんなよく食べた。 おかげて、私は2キロ太ってしまった(*_*;)。 PS.その後の後遺症で、あまりの忙しさに、3編の書き込みに2週間もかかってしまいました。話が空いてしまって、すみませんでした。これで、やっと普通の書き込みに専念できそうだ。 ■1993/08/07〜08 湯沢市 絵灯篭祭 湯沢パソネットOFF会議 *********************************** 久しぶりに、パソネットOFFに参加。 バーベキュウパーティは美味しかった。 *********************************** ▼1993/08/07(土) 13:00 自家用車で自宅を出発。差し入れとして、本家の酒屋に行って、地元に地名が入った、秋田酒造(株)の「新屋衆」を買う。 15:00 フェスティバル GUN の行われている、十文字町の総合文化センタ−に到着。大道具・音響・照明の業者がスタンバイ中。こちらは、まだやることがないので、隣のグランドで行われている物産展を覗く。「ちのか」の控え室にも行って、お茶を飲む。 16:00 スタンバイ出来そうな状況になったので始める。 17:00 ほとんど広げたが、ステージがまだ出来ていないので、これ以上出来ない。さっきの控え室に行って、また暇つぶししてくる。 18:30 最終チェックを行う。 19:00 タイムリミットのため、続きは明日にして解散。自家用車で湯沢に向かう。バイパスの2キロ手前から渋滞で、なかなか進まない。中心部を通りすぎて、愛宕町で左に曲がって、旧道に入った。そこで、KOS邸が分からなくなった。しょうがないので、SYSOPさんの奥さんに電話して聞いてみた。 20:00 また、バイパスに戻って、さらに進んだら、香坂工務店の看板が見えた。広い駐車場のサイドで、焼き肉パーティをやっていた。差し入れの一升を差し出して、乾杯となった。よく会うメンバーと、なつかしい顔もあって、談笑した。 ??:?? DEMEさんを含む3人ほどが、事務所の2階に寝せてもらったが、あまり飲み過ぎて、何時に寝たか覚えていない。 ▼1993/08/08(日) 5:30 DEMEさんがもう帰るとのことで起きた。私はトイレに行ってまた寝た。一人で寝ていたら、日当たりの良い部屋で、だんだん熱くなってきた。でも、何も掛けなくても、寒いことはなかった。 8:00 眠かったが、時間なので起きた。会費がまだなのを思い出して、メモと一緒に置いていく。ひどい二日酔い状態で、十文字までドライブ。 9:00 十文字総合文化センター到着。控え室でお茶をがぶ飲みして、酔いを紛らわす。 9:30 そうこうしているうちに、中継車と技術スタッフが到着した。 11:00 スタンバイアップ。音合わせ。 12:30 昼食。その後めいめい物産展で買い物。私は、昨日から目を付けていた、大雄のニンニク(3個で100円)・完熟トマト(大5個で100円)・増田町のリンゴジュース(200g20個入りで1950円)を買った。 13:00 客入れ。まだ半分ぐらいの入場でがら空き。空いているござの片隅で昼寝。 14:00 「クボタ民謡お国めぐり」の収録開始。 15:30 民謡収録終了。同じステージ上で、フェスティバル GUN の閉会式を収録。 16:00 撤収開始。 16:30 撤収終了。秋田自動車道経由で、秋田へ。 18:00 帰社。 −−−−− 「クボタ民謡お国めぐり」 −−−−−−−−−−−−−−−−−−− 《第1072回》「クボタ民謡お国めぐり」 〜 フェスティバル GUN IN 十文字 〜 M1.仁井田番楽 十文字町仁井田番楽保存会の皆さん M2.猩々音頭 唄 王 籐 正 蔵 踊り あやたけ会 M3.津軽よされ節 唄 津 軽 圭 助 踊り 森 久子チビッコ社中 M4.秋田草刈り唄 唄 泉 川 清太郎 M5.秋田長持ち唄 唄 伊 藤 信 子 M6.秋田大黒舞 唄 守 屋 純 子 M7.生保内節 唄 守 屋 慶 子 M8.秋田追分 唄 王 籐 正 蔵 踊り あやたけ会 M9.津軽あいや節 三味線 花 田 一 蔵 唄 津 軽 圭 助 踊り 森 久子チビッコ社中 M10.万芸 津 軽 圭 助 M11.秋田おばこ 唄 藤 山 進 M12.道南口説 唄 〃 M13.ンだども秋田 唄 〃 M14.長者の山 唄 全 員 踊り あやたけ会 *レギュラー伴奏陣 三味線 小田島 旺 道 〃 若 畑 王 将 尺八 加 藤 聖 明 〃 守 屋 源 治 太鼓 守 屋 純 子 お囃子 守 屋 慶 子 小田島 淳 美 *司会 石 塚 真 人 保 坂 るみ子 −−−−− 終わり −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 仕事より、夜の部で疲れた中継でした? ■1993/09/24 能代市 第5小学校火災現場 ニュース *********************************** 能代市第五小の火事現場は、松や桜まで焦げて その時の猛火が分かるよう。 *********************************** 昨日(9/24)、能代市第五小の火事現場に、取材で行った。 人工衛星中継車を運転して、朝8時半に秋田市を出発した。途中の渋滞を心配して、大潟村・能代バイパス経由で向かったが、着いたら10時だったから、結構、時間が掛かった。 取材班が先に来ていて、ほとんど終わっていた。現場を見てみたら、鑑識が現場検証をしていて、各社も取材をしていた。上を眺めてみたら、桜の木や松が焦げていた。歩道橋まで焦げていた。狭い道路を隔てて民家があったが、よく飛び火しなかったものだ!! 火事現場を一周してみたが、駐車する所が無いため、旧道に出て駐車場で、人工衛星に電波をとばす。20分ほどのVTRを再生して、作業は40分ほどで終了。本社では、この後編集して、11時30分のニュースに間に合わせた。 11時20分には出発して、帰路に着く。帰りは、7号線を真っ直ぐ来たら、行きより早く、12時40分には着いた。 それにしても、子供たちが可愛そうだ。 来週から、廃校を使って授業をすると言うが 当分の間、不便を強いられるだろう。 能代市に、まだ木造校舎があるという。 早くなんとか出来ないものかと... ■1993/09/28 鹿角市 鹿角パークホテル/WCマラソン浅利純子凱旋パレード ニュース *********************************** 明日(9/28)、久しぶりに鹿角に行く。 浅利純子の取材のためです。 *********************************** 明日、夕方5時半から、鹿角パークホテルで、あのワールドカップのマラソンで優勝した、浅利純子さんの鹿角市からの栄誉賞の表彰式が行われ、6時からはその祝賀パーティーが行われると言う。 AKTでは、その模様を6時24分からのスーパータイムで生中継する。私の役目は、そのニュースを人工衛星車(SNG)を動かして、本社に送ることにある。 その前の5時から、祝賀パレードが、花輪駅からあるという。明後日は、花輪高校など、地元を挨拶回りした後、秋田市に向かって、県庁でも表彰式があり、その後記者会見もあり、秋田空港から帰るという。忙しい2日になりそうだ。 私も、秋田を10時に出発して、 終わった後、泊まらずに帰って、 秋田に着いて10時でしょう。 青森空港から、鹿角に入ると言うから、 やっぱりここは秋田県でなくて、南部県だ。 ■1993/11/12〜15 福島市 東日本女子駅伝 第五中継点(折り返し) *********************************** 霧雨にむせぶ福島・4度目の駅伝応援 夜の小原庄助さん紀行 その1 *********************************** ▼1993/11/12(金) 7:00 14トンの中継車で助手として、秋田を出発。秋田道を通り、横手から107号線で北上へ。車は2mと広いため、錦秋湖沿いの狭いトンネルでは、対向からダンプが来て、徐行する場面も。 10:00 秋田は快晴だったのに、岩手県に入ったら雨。北上から東北道に入り、前沢S.Aで一服。途中、CIAの2400pbsが普通なのを思い出して、自動車電話でセンターに連絡。 12:30 国見S.Aで、喜多方ラーメンとお茶ご飯で昼食。 13:30 国見を出発。途中、ガソリンを満タンにする。 14:00 FTV(福島テレビ)到着。 14:30 雨の中、第五中継点(折り返し)に下見に出発。 15:30 FTVに帰社。社内のC・G装置を金成さんに案内してもらう。美術室は朋栄のGURID−98が2式と、マッキントッシュが2台+ASAKAの静止画というシステムで、OFF−LINEでニュースサブに静止画がある。 17:00 技術・制作スタッフ総合打ち合わせ。きょうは、午前中Bプランのテストは出来たが、午後、200mと視界不良のため、Aプランのテストは出来なかったと言う。明日、午前中に再トライ予定。 18:15 ホテル・チェックイン 18:30 隣の結婚式場で結団式 東北自動車道は、わだちが多くて、2mの車幅が乗らない。右タイヤをわだちの真ん中に、左のタイヤは白線の外。これでもハンドルがとられるため、80km/hのスロー運転。追い越し車線を走りたいところだが、そうは行かない。それでも、約6〜7割が新舗装となっている。 一方、別班の二人は新幹線で、福島に。 結団式は1次会で、2次会は福島名物? 外人の店。マレーシアの首都、クアラルンプール出身の美人が多く。横文字のカラオケをデュエットしてしまった。 とどめは、駅前のこ汚いラーメン屋。それが入ったら、記憶にある店ではないか。数年前、地元の人に案内されて行ったところ。岩手県の人と4人で、ビールと餃子とラーメンを食べた。その餃子の食べ方が、変わっている。ニンニクは皿にタレとを混ぜて、餃子は焼き上がっても青いネギが見えるくらい。美味しい。 *********************************** 霧雨にむせぶ福島・4度目の駅伝応援 夜の小原庄助さん紀行 その2 *********************************** ▼1993/11/13(土) 8:00 マイクロバスで、ホテル出発。 8:30 中継車とジャンボタクシーで、第5中継所に出発。 9:00 中継所着。スタンバイ開始。中継車内に、ミキサーをセッティング。ものすごい雨で、セッティングは中止。中継車を置かせてもらった清野宅は、果樹農家。その作業小屋のテラスに、機材を広げてさせてもらってテスト。 11:00 テストは、順調にすべて終了。 11:30 大事なものは、中継車の中に。そうでないものは小屋の片隅に置かせてもらった。中継車はそこに預かってもらって、FTVに帰社。 12:00 FTV着。持っていった弁当を、そのまま持って帰ってきて昼食。 13:00 ホテルに帰る。疲れて、2時間ほど寝てしまう。 15:30 寝飽きたので、中合(なかごー)デパートにおみやげの買い物に行く。 17:30 買い物からホテルに帰ってきたら、FTVから連絡。きょうの音声班の打ち合わせ場所には、あまり雨がすごいので、ホテルに迎えに行きますと 18:20 FTVの人が、ホテルに迎えに来た。 18:30 とある割烹に、20人あまりが結集? 系列の東京・札幌・盛岡・仙台・新潟。それに私が秋田と、地元の福島。この連中で情報交換。音声とパソコンの話しも随分出て、????? 21:00? 2次会に移動。ここは2年前にも来て、大騒ぎしたラーメン屋。要するに、またまた日本酒飲み会。カウンターと、テーブルを10人ほどで占領。私の座るところがなくて、カウンターでマスター役。ここにある高清水の辛口を2本平らげてた。2年前は一人しかいなくて、なかなかラーメンが出来なかったが。今年は息子が帰ってきて、手伝っているという 23:00? 2次会終了。 *********************************** 霧雨にむせぶ福島・4度目の駅伝応援 夜の小原庄助さん紀行 その3 *********************************** ▼1993/11/14(日) 6:45 大型バスで、ホテル出発。雨で空は霧がかかり、視界は1kmぐらい。でも、みんなで今日はヘリが飛べそうだとしゃべっていた。 7:00 FTV着。食堂での朝食は狭すぎて、1階元のマスターで... 7:30 ジャンボタクシーとタクシーで、第5中継所に向かう。 8:00 第5中継所到着。直ちにスタンバイ開始。このときも雨で、スタンバイが出来ないくらい。まだ放送席の屋根を作ってる最中で、他のマイクを出す。 10:00 ようやくの思いで、スタンバイ完了。近くの酒屋に行って、UCCコーヒーカップにお湯を入れてもらう。昨日出来なかった、スタンバイ写真を撮りまくる。 10:30 打ち合わせ。 11:00 昼飯。 11:30 Bプラン決定の連絡が入る。一同、えっと思う。 12:00 いよいよ駅伝がスタート。中継車で、他の中継点の様子を見る。 13:00 折り返しの交通規制が始まり、マイクをスタンバイに向かう。このころ雨が上がる。 13:15 先頭ランナーの宮城県が入ってくる。独走態勢だが、中継点でたすきを渡した後から、2位のランナーが入ってくる。 13:30 最終ランナーも行って、あっと言う間に、仕事が終了。折り返しだから、他のどこよりも早く、ただちに、撤収開始。 14:30 撤収終了。中継車とジャンボタクシーでFTVに向かう。 15:00 FTV到着。 15:50 タクシーでホテルに荷物を取りに向かう。 16:00 ホテル到着。汗をシャワーで流す。 17:00 タクシーでホテルを出発。FTVへ。 17:30 スタジオで、打ち上げ。 2次会にも向かう。 《5区折り返し点の放送時間》 @ 13°12′03″〜16′54″ 4分51秒 A 13°17′42″〜18′17″ 35秒 B 13°18′40″〜19′31″ 51秒 C 13°19′51″〜20′00″ 9秒 D 13°20′36″〜20′50″ 14秒 ほとんど撤収が終わって、忘れ物を確認にいたったら、小屋の片隅でただ1人、TVを見ている女性が居る。何気なく背中を見ると、AKITAとある。学生風だ!! 私は「秋田テレビですが!! どこの学校ですか?」と聞いてみた。「北校です。」ときた。どうも到着した5区のランナーらしい。跡から調べたら大畑久美子ちゃんだった。 TVでは9区のランナーが、県庁付近に達していた。そしたら、第8中継点の通過順位が発表された。秋田は12位から13位に落ちていた。彼女から、大きな溜息が出た、自分は12位で渡したのに... *私の参加経験。 1回目 第3回大会 第3・7中継所 2 5 〃 3 7 スタート・ゴール(陸上競技場) 4(今回) 9 第5中継所(折り返し) *********************************** 霧雨にむせぶ福島・4度目の駅伝応援 夜の小原庄助さん紀行 その4 *********************************** ▼1993/11/15(月) 9:30 ホテルをチェックアウト。駅で朝食、柏屋の薄皮饅頭を買う。 10:25 もう1人の相棒と、新幹線で福島駅出発。 11:49 盛岡駅で途中下車。駅前の「盛楼閣」で冷麺の昼食。駅地下で、萩の月・蒲鉾・カニ味噌・イカの塩辛・おとうしなどのおみやげを買う。 13:47 田沢13号で一路秋田へ。 15:34 秋田駅着。会社に直行。 16:00 中継車も到着。 ********** 秋田と福島の気象 ********** *前半の3日間は、霧雨と雨にたたられ。帰る日に晴れるという、最悪のパターンで した。 F 秋田 F 福島 F F F最高 平年 最低 平年 天気F最高 平年 最低 平年 天気 F F 11/12F19.3 12.4 5.3 4.2 曇 F12.6 14.8 9.4 4.9 雨 11/13F18.9 12.1 10.3 4.0 曇 F14.4 14.5 11.5 4.7 雨 11/14F16.9 11.8 15.6 3.8 雨 F17.8 14.3 14.7 4.4 曇 11/15F14.9 11.5 13.2 3.6 曇 F19.4 14.0 14.8 4.2 快晴 +++++++++++++++ 第9回東日本女子駅伝の結果 +++++++++++++++ 1993年11月15日(日) 12時03分スタート 日本陸連公認「FTVふくしま」マラソンコース 9区間 42.195km 主 催 東北陸上競技協会 福島テレビ 主 管 福島陸上競技協会 後 援 (財)日本陸上競技連盟 福島県 福島県教育委員会 (財)福島県体育協会 福島市 福島市教育委員会 福島市体育協会 福島民報社 ラジオ福島 サンケイスポーツ 福島リビング新聞社 協 賛 ライオン株式会社 協 力 MMC三菱自動車 TOSHIBA ミズノ 服部セイコー ★ 総合成績 ======= 順位 都道県名 記 録 備 考 1.宮城県 2時間22分06秒 初優勝。東北勢としても初めて。 2.千葉県 2時間22分51秒 3.東京都 2時間23分02秒 4.埼玉県 2時間23分14秒 5.静岡県 2時間23分44秒 6.神奈川県 2時間23分59秒 7.茨城県 2時間24分21秒 8.栃木県 2時間25分18秒 9.北海道 2時間25分53秒 10.群馬県 2時間27分46秒 11.岩手県 2時間28分53秒 12.福島県 2時間30分04秒 ◎13.秋田県 2時間30分35秒 14.青森県 2時間32分22秒 15.長野県 2時間32分27秒 16.山形県 2時間32分27秒 17.新潟県 2時間33分28秒 18.山梨県 2時間35分29秒 +++++++++++ 秋田県選手団の成績 +++++++++++ ◆監督 小坂 和夫 (大館桂高校教員) ◆コーチ 高橋 篤 (グリーンメイトジャパン) 斉藤 裕之 (能代北高校教員) 区間順位 ◆1区 4km 阿部 知美(本荘高校3年) 13分38秒 11位 ◆2区 6km 高橋 安裕子(本荘高校3年) 21分12秒 10位 ◆3区 3km 三浦 初音(大館桂高校2年) 10分53秒 11位 ◆4区 3km 栗生沢奈保子(鷹巣中学校3年)10分58秒 12位 ◆5区 5.0875km 大畑 久美子(花輪高校3年) 19分10秒 16位 ◆6区 4.1075km 田口 里美(能代北高校2年) 14分34秒 12位 ◆7区 4km 田脇 千聖(本荘高校2年) 14分20秒 14位 ◆8区 3km 小野 裕子(雄物川中学校3年)10分 6秒 9位 ◆9区 10km 庄司 洋子(大館桂高校2年) 35分44秒 12位 *県外に選手が流出して、社会人が1人もいない。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 3泊4日のお応援は、これで終わった。 Ksymbol